店の毎日

小さい商店と猫の記録。

昼めし旅

今日は休みでテレ東の昼めし旅が東大生の学食だったので見てる。昼めし旅始まった頃にうちのお店もお声がけいただいて出させてもらった。菅谷ちゃんとかいたからもう三年前くらい?ゴイと呼ばれるベトナムの甘酸っぱい和え物サラダをごはんにかけて食べるのが私たちのなかで流行ってて「それ面白い」てプロデューサーに言われて結局「ゴイ丼」で出たんだよね。ゴイ丼が面白いから出られたわけじゃないんだけど。

テレ東は、オープンしたてのころも「5時に夢中」にお声がけもらったり、富士山ケーキと呼ばれるベトナムのケーキが面白いって「男子ごはん」にも。この男子ごはんのスタッフの方がハノイハノイを覚えていてくださっててベトナム料理といえばそういえば、って思い出していただいたのがTBSの「アブナイ夜会」ディーンさんの好みの牛フォーを作っているお店を探せ、ってことで都内をしらみ潰しにあたられたみたいで。たまたまうちがお受けすることに。他にもドラマやニュース、スッキリとか、こうしてみるとたくさん出していただいてるなあ。

最初のロケはタカアンドトシさん温水さんなどの旅番組だったかなあ。

まわりの人からは「旦那さんの仕事の都合でテレビにたくさん出てる」って言われたり。

わぁ、人の噂って怖いなあと。そんなコネなんて1ミリも持ってないのになあ。

「人の言う事は信じるな、じぶんの目で見て耳で聞いてことだけ信じろ」って幼い頃から母に言われて育った(でもそれは母がじぶんに言い聞かせてたんじゃなかろうか)のでぜんぜん平気だったけど。

そういえば昨日まで、和歌山に嫁いだきょうこちゃんがさくらちゃんを連れて2週間東京に里帰りしててこのさくらちゃんが何だかわかんないけども孫のようなんだよなあ。

そのきょうこちゃんとは、8年?9年前くらいかきょうこちゃんが東京でベトナム料理をやりながら某お店の立ち上げで料理の監修をやってるときにお皿をうちに探しに来たのが出会い。

わたしはきょうこちゃんにひとめぼれして、つるちゃんも送別会でひとめぼれしてうちのスタッフに、って口説いたのがきっかけだなあ。

きょうこちゃんがうちのバインミーをとても美味しいと喜んでくれ、じぶんのアルバイト探しの話しをしてたりして「だったらうちで手伝ってくれればいいのに」と話が進んで。

結婚が決まって和歌山に行く前にノート一冊のレシピを置いていってくれました。コーヒーとバインミーとちょっとやってればいいかなと思ってたお店で、ここまでメニューの幅がひろがったのはきょうこちゃんとつるちゃんとの出会いが全て。そしてここでまたお店をどうやっていくか、考えるところに今また来てる気がする。

それはさておき、そのきょうこちゃんが出会ってすぐのわたしの誕生日に作ってきてくれたのが「富士山ケーキ」その外見も味ももう未知の未知の未知との遭遇で。ほんとに感動して。「この富士山ケーキでテレビに出るよ!」って叫んで。えーそんな感動してってみんな大笑いしてた。きょうこちゃんからレシピ教えてもらってお店でやり始めて、それが目に留まって、男子ごはんに晴れて「富士山ケーキ」登場。国分さんが「え?これ甘〜いえーえー」みたいなコメントに「お、美味しい。こう気候が違いますからねー暑いベトナムで食べたらすごく合う、美味しいって思う」ってケンタロウさんに言っていただいて。いまこれ書きながら、きょうこちゃんがちょうど帰ってきた事もあって行き詰まりまくってたお店への思いをちょっと改善できる気がしてきた。

そうだよなあ、好きなひととやりたいことをやらなきゃなあだなあ。

愚痴って

先日、お店のツイッターで「ひとの愚痴が嫌、長々と他人の時間を興味のないひとの愚痴で過ごすことが耐えられない」というグチを書いたら、ごく身近なひとを傷つけてしまい、結局全て消去した。

ここで、消去するというのもこれもまたアクションを起こすわけで、このアクションですら逆に「言われたから消した、やっぱり私のことだったんだわ」と誤解を招きかねないとも思ったけど、なんだかもうめんどくさくなってしまって全部消した。結局はそのグチをツラツラ書いてるからじぶんが嫌ってる愚痴時間泥棒野郎とじぶんに大差ないわけだけど。

こういうことが起こると、心のなかをひとに話すのがとても面倒になってしまう。本当はそういうわたかまりをもっともっと溜め込んで、なにかに昇華させる仕事や人生を送ればよかったんだろうけど生憎勉強もせず良質なアウトプットもできないまま、ツイッターにつぶやくというだらしない毎日で。わたしじしん、ひとと話すことでなんて一度もストレス解消になったことがないからネガティヴな時にひとに積極的に会いに行ったり話しを聞いてもらったりしない。逆に湧き出た好奇心はひとと共有したいからそれに向いてるひとを選んで伝えたいひとを選んで会いに行ったり誘いに行ったりするけれど。だから「悲しいとき、苦しいとき辛いとき(薄っぺらいなあ)ひとに話したら楽になるよ」なんて信じてない。話して楽になることなんて所詮自慢話だ。辛いことも悲しいことも苦しいことも話してなんか楽にならないしならないから苦しくて悲しいんだ。そんなこともわからずに悲しいふりをしてるひとを目の当たりにするから愚痴を聞くのはつまらないんだ。

 

ひとりっ子

 

家でお腹いっぱいで猫が好きな椅子に座ってて、テレビの録画か相棒流しっぱなしで、いちから手ぬぐいだのなんだの細々と持ってるもの整理やったり、

家の台所のフライパンかけてあるところのだけ気に入ってるので、そこをずっうと眺めたり、休みはいいよな。

仕事も生きていかなあかんから

店で毎日やってもやっても難しなあと料理をやって、働くのは生きがいと言ってもいいくらい飽きることなく続けられてて。

でもとりたててなにもせず、

ってこれ何日でも続けられる。

生き生きと働いてるのが仮の姿だと思うくらい、いや仮の姿やなあれ。

結婚してしばらくしたころ、専業主婦だったので毎日がそれはそれは楽しく、一生専業主婦でいいと思ってた。

ただただごはんの献立を考えて1日はあっと言う間に終わっていくけど、新しいひととコミュニケーションとるわけでもなく、親しくなるでもない近所の方々におはようございますとこんばんはの挨拶をして1日が終わり。

幸せど真ん中だった。

夫がわたしに「友人がひとりもいないところで鬱になっている、」と勝手に心配するので、輸入食材店にパートに出ることになって、ま、出たら出たでそれなりにやるので友人知人もできて。

でもお店をやりだしたことと、パート労働はなんにも関係なかったな。

 

じぶんを客観視することにまったく興味がなく相手のこともとりたてて気にならず、これはひとりっ子の特徴だと思う。

もともと何かを選ぶところで育っていないので「好きなケーキを選んで」って言われたとたんに食べるのがめんどくさくなってしまう。

 

でも20歳のときに「人生は選択の連続だ、ひとつひとつの選択の1秒の迷いは一生では膨大、練習すれば迷いは治る」と言われてから、ランチのメニュー選びも直感で1秒みたいな練習を毎日毎回してたら、ほんとに30年経って決断力はちょっとついた気がする。

もともと決断力のある人みたいにわたしのこと思ってるひとに打ち明けたい、

「これ練習の賜物なんす」って。

それでもまだまだ優柔不断だけど。

 

 

だし巻き卵

毎日ベトナム料理を作ることを仕事にさせてもらってて、

先日SNSで「アジア料理を日本人が作ってることへの偏見への怒り」のような記事を目にして。

たとえば、わたしがベトナムに住んでます、んで和食が恋しくなってだし巻き卵食べに食堂探します、ってときに

やっぱり日本人んでもっと言えば関西人の焼いただし巻き卵が食べたくなるとおもうんですよ。それは偏見でも差別でもなくてふつうに順番としてそれが思い浮かぶというか。

もっとその土地のレストラン事情に詳しくなれば、現地の人の焼いたとびきりお

いしいだし巻き卵に巡り会えるかも、とも思うんですけど、心情としたらやっぱり日本人がやいた玉子焼きが食べたくなると。だからうちにもベトナムの方こられるし問い合わせもあるし「シェフはベトナム人ですか」って。

でも日本に居るベトナムの方に「わっベトナム人が作ってるのかと思ってた!」って言われたりしたらめちゃくちゃ嬉しいわけで。あーこの仕事やっててええんかなと、ホッとするというかね。

これ、フランス料理でもイタリア料理でもあると思います。でもそこ差別だの偏見だのグイグイねじ込んで行くとこかなあと。料理は文化であり生活、国をかたちどるもので、そこに生まれ育つものでしか表現できないものって超えられない垣根のようなもなのっておふくろの味的な、てあると思う。「外国人だから他国の料理が現地の人よりできない」と言われるのそんなに怒ることかなあ、と。それ当たり前ですやんと。食べる側にとっては、料理って上手に作るだけの表現やないと思うんで。そこ怒るところ??とはてなマークでいっぱいです。

ミシン

きのうの夜、夫のお店に共通のお客さまが見えて、仕事の話しから縫製の話しになり。

「工業ミシンならうちにあったんだけど」と夫、「えっどうしてですか????」とお客さま、

「かみさんが使ってたから」と。

デニムも皮革も帆布も縫えて、

昔からの工業ミシンのピッチが好きで、あのピッチでしか雑貨の縫い物をしたくなかったので千住の家の近くのミシン屋さんで見つけて結婚してすぐに購入したもの。


このたびの引っ越しで

捨てた。

ミシン屋には引き取りにすごい金額を言われたので捨てました。


お店をやってからの丸9年まったく触らなかったんだけど。

私にとっては蔵書と同じく

じぶんをかたどってたものの象徴で

使わなくても持ってること、そこにあること、目につくことが立ってられるモチベーションにもなったんだけど。

でも捨てた。


なんでだろう。


今思えば引っ越し先に置けなくもないし、物は持たない方なので

あと大事なものって今は猫と車くらいなのに。

今朝まで忘れてたけど

ミシンの話しになってとても悲しい気持ちになった。

捨てなきゃよかったかなとも思った。


いまもふと、思い出して悲しくなって

でもやっぱり

これからの時間の方が短いわけで

大事なミシンを捨てたんだから

ミシンより大事じゃないものは

もう持たないようにしようと

思ったしだい。

大きさと売り上げ

ツイッターにつぶやくにも長くなりそうで、「あ、ブログあった」と思い出し。


お店ってかっこええこと言っても

生活できるだけの売り上げが上がらなきゃやれないわけで、

ほかにアルバイトしたり副業持ってたり不労所得あったりしたらできるってもんだけど、それはそれで、空いた時間に都合よく働ける職場がなきゃ無理だし家賃収入があるひとがそもそもお店なんて効率の悪いことするよりそこをひとに貸すだろうし。


アルバイトの子が「両立が難しい」とかって辞めたい、ってなった時にいつも思うのは「ほんとはじぶんひとりでできる手の中でやりたいんやけどな」ってこと。


でもお店も9年目になってわかったことは、ひとりじゃ店の大小にかかわらず生活をするだけのサラリーを稼ぐのは難しいというか無理なこと、店はスタッフの数だけ売り上げが増えていくこと。

これは乱暴かもだけどひとりで何もかもやってっていうのはよほどキャリアと客を持ってて、やりたいことが固まってるひとじゃないと無理やと。

そうなると、一生そこで働いてくれるびっくりぽんなひとは今はいないわけで、いつかはぜったい辞めていくスタッフに仕事をすべて教え、慣れさせ、働いてもらうことって虚しいことで。

ほんなら、

じぶんひとりでやれて今の利益が出る店ってどんな形やればえんやろ、って毎日そのことばかり考えてるわけで。

多少違いはあれど、お店やってるひとの考えてることってここに尽きると思うねんなあ。